Thursday 12 June 2014

STAP細胞はUFOと同じ!? 科学者が語る「なぜ捏造は繰り返されるのか」

DOL特別レポート
【第447回】 2014年6月10日
著者・コラム紹介バックナンバー
中山敬一 [日本分子生物学会副理事長、九州大学教授]

STAP細胞はUFOと同じ!?
科学者が語る「なぜ捏造は繰り返されるのか」

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いまだかつて科学的な話題が、これほどまでに日本のTV、新聞、雑誌等のメディアを騒がしたことがあっただろうか。
STAP細胞論文捏造事件は、今なお、大きく世間を揺るがしている。
(編集部注:STAP論文細胞論文の共著者であるチャールズ・バカンティ米ハーバード大教授が、先月末に論文取り下げを求める書簡を、ネイチャー誌に送っていたことも明らかになっている)
この事件は、小保方晴子氏という特異なキャラクターが産んだ空前絶後なものと世間一般には受け止められている。しかしこの事件は、実は日本の科学界が内包する構造的な歪みが限界まで達し、起こるべくして起こったものなのである。
「空前」でもなければ「絶後」でもない。むしろこのままその歪みを放置すれば、さらに多くの研究不正が堰を切って流れ出すだろう。今こそわれわれ科学者は、この大問題を契機として、自らその改革に乗り出さなければならない。
私は、日本分子生物学会という生命科学で最大級の学会において、研究不正を撲滅する取り組みを8年前(2006年)に始め、そのリーダーとして様々な不正事件に関わってきた。その経験を基に、科学界が内包する矛盾点をずばり解剖し、病理を調べ、その「治療方針」を示したい。

小説『貞子』の母のモデル
御船千鶴子の事件

なかやま・けいいち
九州大学大学院 医学系研究科 生体防御医学研究所 分子医科学分野 主幹教授。専門分野は細胞周期制御におけるタンパク質分解機構の研究。1961年生まれ。1986年、東京医科歯科大学医学部医学科卒業。1990年3月、順天堂大学大学院医学研究科修了(医学博士)。同年4月より理化学研究所フロンティア研究員を経て、12月よりワシントン大学医学部ポストドクトラルフェロー。1995年7月より日本ロシュ研究所主幹研究員。1996年10月より現職。著書に『君たちに伝えたい3つのこと』(ダイヤモンド社)などがある。 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野ウェブサイト
 STAP論文捏造事件は、わが国における史上最大の捏造事件であると言っても過言ではない。しかし最大、という意味は必ずしも量的なものではない。最も世間を騒がせ、世界の中でわが国の科学の名誉と信用を地に墜とした点で、過去のいずれの捏造事件よりも罪は重い。
 この事件は若い女性科学者によるセンセーショナルな発表という、外形的には非常に特殊な事例に見えるが、捏造の歴史を紐解けば、実はその本質はごくありふれたものであることが容易に理解できよう。捏造のパターンは古今東西似ており、ステレオタイプの捏造が繰り返されているのだ。
 若い女性が世間を騒がせた例としては、ちょっと古いが明治末期に起こった御船千鶴子(注)事件を連想させる。これは科学と言うより、透視能力という似非科学であるが、若い女性が周りの男を協力者にして次々と信じられないような能力を発揮し、当時の新聞等にセンセーショナルに取り上げられたが、厳密な科学的検証に耐えられずに厳しい世論の指弾を受けたものである。最後は24歳で自らの命を絶つという悲劇的な結末を迎えた事件であった。
(編集部注:小説『貞子』の母のモデルは御船千鶴子)
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科学史上最大のねつ造「シェーン事件」と
酷似する小保方事件

 科学における史上最大の捏造として有名なのは、米国の名門ベル研究所で起こった「シェーン事件」である。
 当時ベル研にいたヘンドリック・シェーンが、2000年から2001年にかけて高温超伝導に関する論文をネイチャー誌やサイエンス誌に次々と発表したが、後にデータが捏造であることが判明し、全て撤回された事件である。
 シェーン事件と小保方事件は、いろいろな点で酷似する。シェーンは当時若干30歳ながら傑出したスター級の科学者という扱いを受け、一時はノーベル賞の受賞も確実と言われたほどであった。小保方氏も奇しくも同じ30歳であり、若くしてわが国で最も権威のある理化学研究所のユニットリーダーとなっている。それに加えて、「リケジョ」と称される今時の女性科学者と言うことで、シェーン以上にメディアで騒がれる素質は十分であった。さらにシェーン事件がベル研という世界屈指の研究所で起こったことも、今回の事件の舞台が理研であることと符合する。ちなみに、この事件の後、ベル研は一部を除いてほとんど全てが閉鎖された。

船が沈没したため
証拠を提出できない!?

 シェーンによる捏造が発覚したのは、やはりデータの切り貼りと使い回しである。ある科学者が、シェーン論文の異なる図中のノイズが同一であることに気づきネイチャー誌に連絡したが、シェーンは「誤って同一の実験のグラフを提出してしまった」と単純ミスを主張した。しかし他の図にも、またしても同じノイズが見つかった。調査委員会は生データの提出をシェーンに要求したが、研究所のノートには記載がなく、元ファイルは彼のコンピュータから消去されていた。実験サンプルも提出されることはなかった。
このような言い訳は全ての捏造家に共通したものである。ノートは紛失した、コンピューターは壊れた、実験サンプルを保管していた冷蔵庫は爆発した、等は普通で、もっと凄いのは、実験サンプルを積んでいたコンテナが海に沈んで回収不可能になった、なんてスケールの大きなものもある。
 シェーンは当時、ベル研以外にドイツの大学にも研究室を持っており、それらを往復していたが、これも小保方氏が理研とハーバードを背景として事件を起こしたことと酷似している。複数箇所で研究を行うことによって、それぞれの場所において捏造が発覚しづらい環境ができ上がるのだろう。総じて今回の小保方事件は、シェーン事件のデジャビュを見ているが如しである。
 この事件の詳細は、取材にあたったNHKの村松秀氏による『論文捏造』(中公新書ラクレ)に詳しい。
 私は日本分子生物学会で「アンチ捏造」の委員会を主宰しているが、日本の生命科学は毎年のように大規模な捏造事件が発生している。決して小保方事件だけが突発して起こったわけではないことも付け加えておきたい。
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STAP細胞はUFOと同じ。
「悪魔の証明」は不可能だ

 今回の事件が特異なのは、科学的な事件に一般の人々が興味を持ったことであろう。町中でのインタビューでは「研究不正よりも、STAP細胞が実在するかどうかが問題だ」という意見が多いことに、正直ビックリする。
 今回の事件では、「研究不正があったのかどうか」と「STAP細胞が実在するのかどうか」の二つの点が混乱して取り扱われているが、それは全く違うイシューである。論文に不正があった時点で、「STAP細胞は存在するのか」と問うこと自体が無意味なのだ。
 例えば「UFOを見た」と主張する人が差し出した証拠写真が、タライを糸でつり下げたようなチープな合成写真だったら、その人がUFOを見たという主張を信じる人はいないだろう。UFOはどこかに実在するかもしれないが、それとこれとは全然違う次元の話である。UFOがいるという証明は、本物の証拠が一つあればいいが、UFOがいないという証明は宇宙空間を全てくまなく探さなくては結論できない。
 STAP細胞の作製も、何億回失敗しても「ない」とは言えない。こういうのを「悪魔の証明」といい、現実的にはほぼ不可能な証明なのである。
 イギリス出身の哲学者、カール・ポパーは、このように「反証が不可能」な問題は、既に科学ではないと述べた。
 UFO議論は、現時点では科学ではないし、ネッシーも雪男も同じだ。STAP細胞も、現時点では科学ではなく、オカルト(似非科学)の範疇にあると言っていい。今からSTAP細胞の実在を証明する実験をするというのは、「雪男を探しに行け」ということと同じことなのだ。それを自腹を切ってやるならともかく、国民の税金を使って理研で行うというのだから、開いた口が塞がらない。
 科学者というのは厳密さの世界に生きているので、可能性がゼロでない以上、「UFOはない」と断言することはできない人種である。正確性を期すが故に、科学者は「UFOがあるという証拠はないが、絶対に否定することもできない」というような持って回った言い方をする。しかし、それでは世間はなかなか理解してくれない。小保方氏のように「STAP細胞はありまぁす」と断言した方が世間には受けるのである。全く根拠がないにもかかわらず、である。
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多くの生命系の論文は
再現性が低い

 研究は登山に似ている。道を間違えたら引き返す勇気が大切で、それができなければ「遭難」する。山には紛らわしい道が多い。いかにも山頂への近道のように見えても、途中で崖になったりして行き止まりの道もある。そういうことは経験のある研究者なら、よく知っていることである。しかし、小保方氏はそうではなかったのだろう。山頂が見えた途端、そこまでの道を妄想し、山頂で万歳する姿を合成写真で作ってしまった。
 捏造事件を見て、いつも感じることがある。手法が一般的に稚拙なのだ。
 もし本気で初めからストーリーを偽造するつもりなら、もっと上手にできるはずである。今回の事件はわずか1週間でばれるというあまりに粗雑な捏造であった。小保方氏が貼り合わせた2枚の写真は、もう一度サンプルを電気泳動すれば、わずか30分で一つの写真に撮り直すことができる。もちろんこれも不正なのだが、こうすると第三者が見抜くのはなかなか難しい。
 なぜ30分の手間を惜しむのだろうか。博士論文の写真をネイチャーに使い回したのもそうだ。同じ時に撮った別の写真を使っていたなら、今でも捏造はばれていなかっただろう。シェーンも同じ図を使い回していた。ちょっと手間暇かければ、ばれていなかったのに……捏造するならもっとうまくやれよ、と言いたい(いや、そもそもそんなことはしてはいけない!)。
 もしかすると、稚拙な捏造だけがばれて、巧妙な捏造は未だにばれていないのかもしれない、と背筋が寒くなることもある。しかし、捏造がばれてはいないとはいえ、所詮嘘であるから他人が再現ができない。
 実は、多くの生命系の論文は再現性が低いことが指摘されており、その可能性の一つとして捏造であることも捨てきれないのが現状だ。
 もしくは、次のように考えることもできる。つまり巧妙な捏造家などはおらず、基本的に全ての捏造家は楽して儲けようという輩であるから、そのさもしい根性が結果的に命取りになるというものだ。小保方氏のように30分の手間を惜しむ余り、捏造がばれるきっかけとなる綻びを生んでしまったのだろう。
※本原稿は文藝春秋2014年6月号『小保方捏造を生んだ科学界の病理』を一部抜粋、加筆修正を加えたものです。
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http://diamond.jp/articles/-/52870