厚木の男児白骨遺体:異変の断片は把握 各行政機関、情報共有せず /神奈川
毎日新聞 2014年06月02日 地方版
厚木市下荻野のアパートで斎藤理玖(りく)君とみられる子供の白骨化遺体が見つかった事件は、複数の行政機関がそれぞれ異常に気づいていた。救済、発見につながる機会を得ながらも継続的な確認作業を行っておらず、問題を抱える子供に対する支援態勢の脆弱(ぜいじゃく)さが浮き彫りになった。
県警によると、理玖君の父親で保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された斎藤幸裕容疑者(36)は2001年5月、妻と2人で愛川町から転居し、下荻野のアパートで暮らし始めた。直後に誕生した理玖君は、01年10月から02年7月にかけて計8回の予防接種、同11月に1歳半健診を受けている。
最初の異変は04年10月。県厚木児童相談所が早朝に裸足で歩いていた理玖君を一時保護した。体に虐待の形跡がなく、翌日に来所した母親にもなついていたため、児相は「迷子事案」として取り扱うこととした。この頃、市は理玖君が3歳半健診を受けていないことを把握したが、児相と情報を共有することはなかった。市の秋山芳彦市民健康部長は「当時、虐待や育児放棄が問題化しておらず、担当部署との連携が不十分だった」と弁明する。
この後、各行政機関は理玖君に接触することなく、約3年間にわたって放置した。
行政機関が再び動くのは07年12月。児相の職員が理玖君の一時保護が「継続事案」になっていることに気づき、市に照会したところ、健診が未受診なことや保育(幼稚)園へ通園していないことが分かった。児相は民生委員に家庭訪問させ「人が住んでいる気配がない」との報告も受けたが、他機関との情報共有には至らなかった。
その後も「小学校に通っていない」(市教委)、「理玖君の学籍がないのに住民票の異動はされていない」(市)と、それぞれが異変の断片を把握していたものの、事件の発覚につながらなかった。市が問題を抱える子供の保護目的で設置し、児相や学校、関係機関が参加する「要保護児童対策地域協議会」も活用されなかった。【水戸健一、松浦吉剛】
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◇これまでに判明した事件の経緯◇
01年5月24日 斎藤容疑者と妻(理玖君の母親)が厚木市に転入、アパートに入居
5月30日 理玖君が誕生
6月11日 <市>出生届を受理
10月 5日 <市>最初の予防接種
02年7月26日 <市>最後(8回目)の予防接種
11月20日 <市>1歳半健診を受診